• COLUMN

    • 2026.06.05

    選択制・企業型DCの経理と給与処理──仕訳の落とし穴と、役員が使うときの注意点

    企業型DC(企業型確定拠出年金)、とくに「選択制DC」を導入する中小企業が増えています。社会保険料・税の負担を軽くしながら従業員と経営者の資産形成を進められる、という点が支持されている理由です。

    一方で、私たちが導入後の会社をお預かりして最初に見るのは、たいてい同じ場所でつまずいている、ということです。仕訳の組み方が制度の本質とずれている、給与計算ソフトの除外設定が入っていない、そして「いいことだけ」で導入を決めてしまい、後から社会保険の給付が下がることに気づく——この3つです。

    本記事では、導入後に押さえるべき経理・給与処理を、よくある間違いと「先に知っておくべきデメリット」、そして経営者ご自身(役員)が使うときの注意点まで、実務目線で整理します。

    本記事の位置づけ

    一般的な経理・労務処理の考え方を解説するものです。実際の制度設計(規約の内容、選択制かどうか等)や会社の会計方針によって個別の判断は変わります。実務に落とす際は必ず顧問税理士・社会保険労務士にご確認ください。

    目次

    1. 企業型DCと「経理」の関係──まず押さえる3原則

    原則① 会社が拠出する掛金は全額が損金になる

     会社が拠出した掛金は、退職給付費用(または確定拠出年金掛金・法定福利費)として、その期の費用に計上できます。

    原則② 選択制DCの掛金は「事業主掛金」である

    ここが最重要です。選択制DC(給与・手当の一部を掛金に振り替えるか、現金で受け取るかを従業員が選ぶ制度)では、振り替えた金額が 所得税・住民税の課税対象外 かつ 社会保険料の算定対象外 になります。これが成り立つのは、その金額が「給与の天引き」ではなく、規約に基づいて会社が拠出する事業主掛金として扱われるからです。
    ここを「給与天引き(従業員負担)」として処理すると、除外の根拠そのものが崩れます。仕訳でも、この理解が出発点になります(詳細は第2章)。

    原則③ 経理データと労務データは1円単位で一致させる

    選択制DCでは、従業員が選択した金額(労務データ)と、口座から引き落とされる掛金(経理データ)が毎月ぴったり一致している必要があります。突合の仕組みを最初に作っておきます。

    2. 掛金の仕訳

    パターン① 会社が全額拠出する場合(通常の企業型DC)

     会社が掛金(例:30,000円)を拠出し、口座から引き落とされたタイミングで費用計上します。

    借方科目借方金額貸方科目貸方金額
    退職給付費用(または確定拠出年金掛金)30,000円普通預金30,000円

    勘定科目は「退職給付費用」「確定拠出年金掛金」「福利厚生費」のいずれかを顧問税理士と決め、継続性の原則に基づき毎月統一します。運営管理機関への事務手数料は「支払手数料」として別に処理します。

    パターン② 選択制DCの場合

    選択制DCでは、従業員が選択した金額は事業主掛金になります。したがって、その部分は「従業員からの預り金(天引き)」ではなく、会社の費用(事業主掛金)+会社の支払債務(未払金)として処理するのが筋です。

    例:額面30万円のうち15,000円をDC掛金に選択。社会保険・源泉税・住民税の預り金が45,000円、差引支給額240,000円の場合。

    【給与計算時】

    借方科目借方金額貸方科目貸方金額
    給与手当285,000円預り金(社保・源泉税・住民税)45,000円
    退職給付費用(事業主掛金)15,000円未払金(DC掛金)15,000円
    普通預金(差引支給額)240,000円

    【後日、掛金15,000円が口座から引き落とされた時】

    借方科目借方金額貸方科目貸方金額
    未払金(DC掛金)15,000円普通預金15,000円

    ここがよくある誤り

    選択制DCの掛金を「預り金(DC掛金)」として、給与天引きのように処理しているケースを見かけます。これは制度の建付けと矛盾します。社会保険・所得から外れるのは「事業主掛金だから」であり、天引き(従業員負担)として処理すると、その除外の前提が成り立たなくなります。


    なお、規約の内容や給与計算ソフトの仕様により表示方法が異なる場合があります(「給与手当300,000円のまま、控除項目で表示する」設定など)。社保・所得からの除外は、規約に基づく事業主掛金であることが前提です。
    設計と処理が一致しているか、導入時に顧問税理士・社労士と必ず突き合わせてください。

    3. 給与計算ソフトの設定──「除外設定」が入っているか

    選択制DCで最もミスが起きるのが、給与計算ソフトのマスター設定です。

    税・社会保険の算定除外:

    選択した掛金相当額は、所得税・住民税の課税対象、社会保険の報酬から除外するのが原則です。この設定が入っていないと、従業員の節税・社保適正化メリットがそのまま消えます。導入後に「メリットが出ていない」会社は、ほぼここが原因です。

    給与明細の表示:

    「DC掛金」を独立した項目として明細に表示し、従業員が自分の掛金額を確認できるようにします。透明性の確保はトラブル防止の基本です。

    4. 社会保険料が下がる、その「裏側」──導入前に必ず説明すべきこと

    選択制DCの説明で抜けがちなのが、社会保険料が下がることの代償です。社会保険料は将来の給付と連動しているため、報酬が下がる=以下の給付も下がります。

    ・老齢厚生年金(将来受け取る年金額が減る)
    ・傷病手当金・出産手当金(病気・出産で働けない間の給付が減る)
    ・育児休業給付・雇用保険の基本手当(給付の計算基礎が下がる)
    ・障害厚生年金・遺族厚生年金(報酬比例部分が下がる)

    加えて、額面(社会保険上の報酬)が下がることで、住宅ローンや与信の審査で不利に見えるケースもあります。

    実際にあった話ですが、育児休業を控えた方が選択制DCで掛金を多めに設定していて、そのままだと育児休業給付や出産手当金の計算基礎(標準報酬)が下がってしまう、という場面に出くわしたことがあります。ご本人は資産形成のつもりで設定していたので、「給付が減る」という話は初耳でした。出産・育休・傷病など、近いうちに社会保険の給付を受ける可能性がある方ほど、掛金額の設定は慎重に見たほうがいい部分です。

    これは「やめた方がいい」という話ではありません。長期の資産形成メリットと、目先・将来の社会保険給付の減少を、本人が理解して選べているかが判断基準です。若手・独身層と、出産や育休を控えた層では最適解が変わります。導入時にこの説明をしておかないと、後から「聞いていない」というトラブルになります。私たちが導入支援で必ず一枚にまとめてお渡ししているのも、この比較表です。

    5. 導入は「申し込んですぐ」ではない──手続きとリードタイム

    選択制DCのもう一つの落とし穴が、導入そのものの重さと、効果が出るまで時間がかかることです。「来月から節税を始めたい」とご相談を受けても、現実にはそうはいきません。

    制度開始までに数か月かかる:

    運営管理機関の選定、規約の作成、労使の合意、規約の承認申請(地方厚生局)といった工程が必要で、申し込みから実際に掛金の拠出が始まるまで、数か月単位のリードタイムを見ておく必要があります(運営管理機関や規約の内容によって変わります)。

    加入も「即時」ではない:

    新しく入った従業員や、後から加入を希望する従業員も、その日からすぐ掛金が始まるわけではありません。加入手続きと毎月の締め日があるため、タイミングによっては開始が翌月以降にずれます。

    導入時の事務が想像以上に重い:

    選択制にする場合、給与規程・退職金規程の改定、従業員一人ひとりへの制度説明と同意取得、運用商品の選択サポートなど、立ち上げ時の事務がまとまって発生します。ここを軽く見積もると、経理・労務の現場が一時的に逼迫します。

    つまり、「決めてから効果が出るまでにタイムラグがある」前提で動く必要があります。決算や賞与のタイミング、とくに役員が使う場合は新年度の役員報酬改定の時期(後述)から逆算して、スケジュールを組んでおくことが大事です。導入を急ぐあまりここを甘く見ると、「思っていた時期に間に合わない」となりがちです。

    6. 経営者(役員)が選択制DCを使うときの注意点──定期同額給与

    「社長自身の社会保険料・税の最適化」を目的に選択制DCを検討するケースは多く、効果も大きいのですが、ここには役員特有の落とし穴があります。

    役員報酬は、原則として事業年度の開始から3か月以内に改定し、その後は毎月同額(定期同額給与)であることが損金算入の要件です。期の途中で役員報酬を減額して、その分を掛金に振り替えるような動かし方をすると、定期同額給与の要件を崩し、減額部分が損金不算入になるリスクがあります。

    したがって役員が使う場合は、

    ・事業年度開始時の役員報酬改定のタイミングで設計に織り込む
    ・報酬総額の中で「現金で受け取る部分」と「掛金に回す部分」をあらかじめ規約・議事録ベースで固める

    といった、設計段階での組み立てが前提になります。導入後に思いつきで動かすと逆効果になりやすい領域です。ここは経理処理の問題というより制度設計の問題なので、必ず顧問税理士と事前に設計してください。

    7. 経理現場で頻発する「よくある間違い」

    間違い① 会社拠出の掛金を「預り金」で処理してしまう

    リスク:費用(損金)が過少計上となり、利益が正しく把握できなくなる。
    正しい対応:会社が全額負担する分は、引き落とし時に直接「費用(退職給付費用など)」で計上します。預り金や未払金(事業主掛金の未払)を使うのは、計上と支払のタイミングがずれる選択制DC等の場合です。

    間違い② 月初拠出の掛金を前月の費用として計上する

    リスク:期間帰属の誤り(未払金の過大計上など)として税務指摘を受ける。
    正しい対応:原則として「実際に拠出した(引き落とされた)月」の費用とします。当月払いか翌月払いか、スケジュールを必ず確認します。

    間違い③ 掛金に消費税を計算して含めてしまう

    リスク:課税仕入れの計算が狂い、消費税の申告ミスにつながる。
    正しい対応:掛金の拠出は対価性のある取引ではないため、消費税は不課税(対象外)です。会計ソフトの税区分は「対象外」に設定します。なお、運営管理機関への事務手数料は課税仕入れなので、混同しないようにします。

    間違い④ 給与計算データと連携せず、二重処理・漏れになる

    リスク:年末調整の過誤や、労働保険の年度更新(賃金総額)にズレが生じる。
    正しい対応:選択制DCでは、従業員が選択した金額(労務データ)と引き落とし額(経理データ)を毎月1円単位で突合する仕組みを作ります。

    8. 導入直後に確認すべき5つのステップ

    1. 拠出スケジュールの確認:

     毎月何日・どの口座から引き落とされるかを資金繰り表に組み込む。

    2. 勘定科目の事前合意:

    「退職給付費用」か「福利厚生費」か、補助科目名も含めて顧問税理士と確定する。

    3. 給与計算ソフトのテスト:

    最初の支給日までに、税・社保の除外ロジックがダミーデータで正しく反映されるか確認する。

    4. 同意書・申請書類の管理方法の確認:

    選択制DCでは、誰がいくら拠出しているかの同意書が重要な証憑。労務側で一元管理する。

    5. 拠出限度額の確認体制:

    他制度・iDeCoとの兼ね合いで上限を超えていないか、年1回チェックするルールを決める。

    拠出限度額は2024年12月に改正されています

    ・企業型DCのみを実施:月額55,000円
    ・確定給付企業年金(DB)等の他制度を併用:月額55,000円 −(DB等の他制度掛金相当額)
    従来の「一律27,500円」は廃止されました(経過措置として27,500円を維持できる場合があります)。
    ・iDeCoを併用する場合:企業型DCの事業主掛金とDB等の掛金相当額と合算して、月額55,000円の範囲内。
    古い「他制度ありなら27,500円」という前提のまま運用していると、限度額の管理を誤ります。直近で改正があった項目なので、最新の状況で確認してください。

    9. まとめ

    選択制・企業型DCは、設計と処理が噛み合って初めてメリットが出ます。逆に言えば、仕訳(事業主掛金として処理されているか)・給与ソフトの除外設定・社会保険給付への影響の説明・導入スケジュール、これらが揃っていないと、メリットが消えるか、後でトラブルになります。役員が使う場合は、これに定期同額給与の論点が加わります。

    「これで合っているのか」と少しでも引っかかったら、曖昧なまま進めず、設計の段階で専門家に確認するのが、結局いちばんの近道です。

    企業型DC導入後のバックオフィス支援は、ファーストアソシエイツへ

    私たちファーストアソシエイツは、会計事務所グループが運営する経理・労務のBPOパートナーです。経理の仕訳・税務に加え、提携する社会保険労務士と連携して、企業型DC特有の「給与計算ソフトの除外設定」「社会保険・労働保険の算定」といった労務側の論点まで、ワンストップで整理・サポートします。


    「導入したものの、毎月の給与計算チェックが不安」
    「仕訳や勘定科目の設定が正しいか、一度総点検してほしい」
    「役員自身が使う設計にしたいが、定期同額給与との関係が心配」

    経理・給与フローの現状診断(初回相談)は無料です。お気軽にお問い合わせください。